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フローランダーたちの日々のつれづれがこちらになります。
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オウンライナーズ第2週
生命を賭するに足る事態というのはそうそうお目にかかれるものじゃないし、起こったとしても命懸けの行動に結びつくことはまずない。日々を太平に暮らすものに、そんな心がまえはないからだ。だから、判断を誤る。
集落が完全に壊滅していた。住居は焼かれ、砕かれ、ところどころで煙がくすぶっていたが、住んでいたひとびとはどこにもいない。逃げおおせた様子もなかった。みんな死に、必要性を喪ったパッケージごと大気に溶けたのだ。
必要があって残っているものは、残骸だけだ。ここを訪れたものに、敵の数と姿、戦いかたを間接的に伝えるため、折れた武器たちも、蹂躙された痕跡も、あえてこの場に残っているのだ。それほど無念だったということだろう。
レジェンに目撃され、それらもゆっくりと消えようとしている。
外界の思念を集積する『大陸』では、想像されないことは起きないが、想像しうるあらゆる理不尽は発生する。
(それでも、逃げればいくらでも生きていけたろうに)
レジェン・ダライブは思った。おれはそんなへまをしない人間でありたい。だから、つねに心にこう掲げていよう──
思索は中断を余儀なくされ、レジェンは跳びずさる。
わずかに遅れて、轟音とともにモンストラムが現れた。ひとびとに害なすために存在する、脅威たる化物(ケモノ)ども。
アサルトマムート級突撃巨象。レジェンにとってはけっして強敵ではない。ないが。
「おい」
レジェンの視界に、全身を赤茶けたローブで包んだ人影があった。なぜいままで気づかなかったのか。じぶんの身は護れても、離れた位置に立っていたそいつを助ける手段はない。
絶望的な重さを伴うマムートの足が、突撃巨象の名に恥じぬ速度でローブ姿を踏み散らかす寸前。
「ほっ」
滑るように移動した人影は、巨象の上げた足の下にみずから潜りこみ、
「じゃえっ」
一瞬にしてマムートがつんのめり、頭部を大地に打ちつけ倒れ伏した。
突進力がそのまま激突時の威力となったらしく、マムートは沈黙する。レジェンには見えた。うしろ足を持ちあげる動きをさらに押すようにして、軽く手を押しあげたのだ。
木の枝のような貧弱な腕。
ローブの人物は、年老いた男の姿をしていた。
「お若いの。ふうむ、ないようじゃな……お困りでは」
「まったく」
レジェンは肩をすくめる。もとよりこの場に興味などないのだ。かれの興味は、『いつかどこか』だけだ。ここでなく、いまでない時空にしか向かない。
「なにかを伝えようとしていたと見えたが? おまえさんに。ここに残っていたなにかが」
「見えた。だから長居は無用だ」
痕跡が雄弁に語ったとおりだ。敵の大きさ、スピード、そして数。
この場を踏みにじったモンストラムは、いま倒された1体だけではない。
「そうかの……そうさの、お若いの」
老人はそう告げると、周囲を睨むように眺めた。
「見たんじゃろ? いまはもう消え果てた敵たちの爪あと。どう思ったのじゃ、見て」
いちいち答える義理はない、とレジェンは見なして歩きだした。どう思ったか。おかげで敵の強さがわかった、それだけのことでしかない。
「行くのか、どこへ。そんなに急いで」
老人は意外と軽やかな足どりで、レジェンの歩みについてくる。老いさらばえた深く重い声色も、やはり絡みついてくる。
レジェンは愚かものではないので、この老人がなにを言っているかぐらいわかっている。立ち去るまえに重要なことが残っているのではないか、ということだ。
「なにが言いたい」
レジェンは辛抱強くもないから、向きなおり、老人へ直接の質問で応じた。
「おれがなにを見落としているという」
ほっほ、と老人は先ほどのレジェンよろしく肩をすくめ、
「わからん。わしにも」
ばかばかしい、と歩みだす気にはなれなかった。老人が韜晦しているわけでもないこともわかる。おそらく、かれにはほんとうにわからないのだ──ただ、違和感があるから待て、とレジェンへ告げている。
まるで仲間のように。
「あんたはおれとは無関係だが、おれが必要か」
「なにかの縁じゃ。知りあったのも」
答えになっていないようで、なっていると思った。
その瞬間、やや離れたところで、新たな轟音があった。そしてレジェンは、さっきまでのレジェンであればしなかったであろうことをした。
音のした方向へ駆けだしたのだ。

レジェンが倒したもう1体のマムートは、とどめを刺されて消滅しつつある。これがモンストラムの死だ。『大陸』の住人へなんらかの害を及ぼせないモンストラムは、大陸上のリソースにとって必要ないと『なにものか』に判断され、消える。
レジェンの腕のなかにも、ひゅう、ひゅう、と、消え入りそうな声がある。
「単純じゃ……終わってみればな」
レジェンは、おのれの肉体ががらんどうになったような感覚で、そこに立っていた。老人の声が、体内をむなしくこだましている。
「わかっていれば……こうなると、わしも……」
「静かにするんだ」
レジェンは、マムートの襲撃からひた隠しにされていたその子どもが、おのれの腕のなかで死のうとしているところを見届けねばならない。
「……っぁ……」
乱れる呼吸と呼吸のあいだに、かすかに紡がれようとする、ことばを。

「……きて、くれ、て」

沈黙。
こと切れた。
レジェン・ダライブにとっては、その時点でこの件は終わりだ。
逃げ遅れたひとびとが、せめてこの子だけでも、と住居の下へなんとか隠した子どもだったのだろう。そして戦った。子どもから注意を逸らすため、そして、だれかの助けに望みをつなぐため。
レジェンが来るまで。おそらく、ほぼ誤差のようなタイミングで、間にあわなかった。
「単純じゃ。痕跡を残してでも、ここに訪れただれかに、どんな望みをかけたか。わからなんだ……わしにも」
老人は心底口惜しそうに、ことばを絞りだした。
「託されたというのに。あの子だけはと」
そうだ、とレジェンも思った。
「──わしらは」
まるで仲間。いや、おなじ仲間だったのだ。単純におなじ時空間に同条件で置かれたという意味での、甘ったるい付加価値などまったくない、冷然たる事実としての意味で。
この無力だった老人と、無力だったレジェンは『仲間』だった。
「あんたは」
大陸の涯までたどりつき、なにも見つけられず中央へ向けて戻る旅を続けていたレジェン・ダライブは、けっして多くない出逢いのなかで、初めての質問をした。
「だれだ。どこからきた。どこへ行く」
それまで丁重に子どもを葬っていた老人は、どうせ消えてしまう子どもをそれでもあえて穴へ埋めおえると、静かに祈りの略式を胸もとにかたちづくった。そしてすっくと立ちあがった。
老人はそれまで背を丸めていたのか、思ったより身長があった。意外にレジェンと大差のない位置から睨むような眼光をのぞかせると、口を開いた。
「教えるとしよう、おまえさんには」
老人は、告げた。
「オールド・グールド。わしのコードじゃ」
その日まで、ああでもないこうでもないと試行錯誤を生きるだけだったレジェン・ダライブへ。
かれの運命を大きく狂わせる、あるいは定めるための、名を。
「ずっと探しておった。ふさわしいだれかを。トライアルのパスファインダーとして、招待したい。おまえさんを」

(きて、くれ、て)
老人と遭遇しなければ、存在も知らないままだった死すべき子どものひとことを反芻しながら、レジェンは中断していた思索を思いだした。
──生命を賭するに値する瞬間を見誤ることはしたくない。つねに心に掲げていたい。
それは、いまでも変わらない。
──きょうの命にかまけて変わらぬあしたを生きるぐらいなら、変わるあしたを信じてきょう死ぬと。

「そこは、どこだ。ここでないなら、そこに行く」
レジェン・ダライブは変わっていない。
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