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フローランダーたちの日々のつれづれがこちらになります。
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オウンライナーズ第3週
「お弱い……」
 外套をはためかせて、師範は吐き捨てるように告げた。その評価を、しかし地面へ転がされていたイーオ・ゼド・ウロイはいささかの痛痒もなく認める。
「しかたない。強くなる気はないんです」
 ではなぜ、と師範はかれに訊ねてこない。稽古を望んだのは本人ではなく、両親だ。
 ゼド氏族は『大陸』というきわめて個々人の結びつきが薄いこの地で、異質すぎる存在だった。外界からの影響を色濃く受けた集団は、ときどき氏族と貸し、外界の家庭、一族のようにふるまう。いまのように稽古場に使えるほど、広くりっぱな中庭をそなえた屋敷に住んでいるほどだ。
 とはいえ、その末子であるイーオにとって、氏族というものは重荷でしかなかった。
「もとより、わたしの肉体(パッケージ)は追従性に欠けます。鍛錬であるていどは向上しても、モンストラムを討つ力など望むべくもない」
 そう断言しながら立ちあがったイーオは、服の各所を汚してしまっているほこりを払うと、あらためて師範へ向きなおる。
「とはいえ、あなたにも対面というものがあることぐらい理解しております。おつきあいします」
「なるほど」
 師範は短く答えると、稽古武器として使用している棍をふたたびイーオへ向け──
 その棍を、だしぬけに投擲した。
「!?」
 驚いたイーオの顔の横をかすめ、投げられた棍はなにものかを突き抜いて壁に刺さり、闖入者を磔にした。
「化者(モンストラム)!」
 レッサースパイダー級と呼ばれるクモ型のモンストラムだが、あくまでモンストラムとして小型なだけであって、むしろクモとしては巨大である。けっしてレッサーとの名が似つかわしい存在とは呼べない。
 クモは動きを封じられ、足をばたつかせていたが、その動きも弱まりつつあった。
「師範、家のものを呼びます。この場はまかせてよいですか?」
 イーオは手短に言った。徹底して、おのれを信じない。モンストラムに太刀打ちできるような力など持ちあわせてはいない。
「むしろ逃げ支度を」
 師範は、そう言って刺さった棍を引き抜く。その場を支配しつつあった異様な事態に、声がこわばっていた。
「逃げる? どこへ」
「どこへなりと。この屋敷は──」
 中庭へ侵入してきたモンストラムたち。5体や10体ではきかない。おそるべき数だった。
「もう終わりです」

 師範の声が、行け、と怒号に変わり、モンストラムの群れにその姿が呑みこまれるのを見るや、イーオは駆けだした。
 屋敷のあちこちには火の手さえ上がっていた。
 考えられない状況だ。屋敷には最低限のモンストラムへの備えもあり、見張りも立っていたはず。なにが起きているのかわからないまま、イーオは氏族の仲間を探したが、生きているものはもう残っていなかった。
 戦えない。
 強くなる気は、なかった。
(戦うぐらいならば、逃げの一手を打ちます)
 だしぬけになにもかもを喪っても、なにも変わらない。それは、イーオの信念だからだ。
 イーオは、ろくな荷物も整えることすらできないまま、転げ出るように炎に包まれる屋敷をあとにした。
 が、屋敷のあらかたを襲いつくしたモンストラムたちが、それを見逃すはずもなかった。
 森のなかを必死に走りつづけたが、やつらはあまりにも多かった。逃げ場をなくし、断崖絶壁へと追いつめられる。
「いったい、これは」
 怒りも憎しみもなかった。ただ当惑だけがイーオを支配していた。
「あまりにも唐突すぎます」

 そうかな。

 包囲してくるモンストラムの群れから、そうささやく声が聴こえた気がして、イーオはそちらを見やった。
 黒々と塊のようにうごめくモンストラムたちの波のなかから、そいつはゆっくり歩み出てきた。
「だれです……」

 ひさしぶり。
 はじめましてじゃないはずだよ。
 おもいでぶかいはずだよ。
 だれにとってもなつかしいはずだよ。

「……たしかに」
 だれにでも似ているようなやつです、とイーオは感じた。
 たたずまいに違和感はあった。ひとではありえない。ひとのかたちをとったモンストラムだ。いかなる手段によってかは知らないが、モンストラムの群れはこいつによって高度に統率されているようだった。
 だれにでも似ているそいつは、まるで親愛の証のようにゆっくりと手を広げ、歩み寄ってきた。

 つくらなくてはならないんだ。

「なにを?」
 イーオの問いに、そいつは亀裂のような笑みで答えた。

 ふるさとを。われらの、くにを。

 そのときだった。
 稲妻のような一撃が降り、そいつの首をありえない方向にねじ曲げた。
 棍だ。
 ばさりと外套をひるがえし、そいつを殴打したもの。
「師範! 生きておいでで」
「お逃げを」
「なぜです」
 思わず訊ねた。すでに客分と遇されるべき屋敷は炎のなかだ。師範にとってイーオは助ける対象ではないはず。
「ぼん。もう師範ではない」
 そういって、かのじょは外套へ手をかけると、鮮やかに脱ぎ捨てた。
 革の服に包まれた肢体があらわとなる。戦うために鍛えられた、しなやかな曲線がそこにあった。
「ヴュノ・レテリエ。彷徨のセンティネル」
「前哨(センティネル)……」
「あなたはまだ知らない。ヴュノもまだ知らない」
 だれにでも似た敵は、ゆらりと立ちあがる。
「ヴュノの戦いの涯(はて)は、あなたの逃げゆく涯(はて)へたどり着く一助となるかもしれない」
 イーオには、たったひとつのことしかわからなかった。
 どうやらまだまだ、逃げなくてはいけないらしい。
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