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はいふゆーん。
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フローランダーたちの日々のつれづれがこちらになります。
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アーマード・コア/タワーリシチ
 ひとつの建物が、いままた瓦解した。風は壊れたおもちゃから興味を失い、新たな獲物を求めて砕けたドームの中を獰猛にさまよっていく。
 死街、である。
 乾燥しきってたっぷりの砂をはらんだ熱風が、気の遠くなるような時間をかけてねぶるように瓦礫をさいなみ遊んでいた。
 かつて威容を誇っていた実験都市においてもひときわ巨大だったであろう、倒壊してもその威容を偲ばせる超高層ビルディングの残骸があった。風はそれに一瞬目を止めたが、所詮無残な骸にすぎない。熱風は別の新鮮な獲物を物色すべく、ドームをあとにした。倒れたビルの下でゆっくりと朽ちようとしている赤黒い巨体に、気づくことなく。
 無数の穴とひびにうがたれた、かつては壁だった天井から、照りつける太陽が遮光シャッターに阻まれることもなく針のように『かれ』を突き刺している。背中から巨大な支柱に組み敷かれた、上半身だけのアーマード・コア。それがかれの姿、かれの器だった。

 かれを証明する、いまや唯一の。

ARMORED CORE.

"Tovarisch"


 ひたすらなにかを待っていた。

 ──ぼくはいったい、なにをまってるんだろう。
 休眠状態のAIが、最小限の電力でおぼろに擬似シナプスを結節させた。
 ──ぼくをうごかしていたものはもうない。ぼくをたたかわせていたりゆうはもうない。なかまもいない。ぼくがぼくだっていってくれるものはもうこのよになにもない。
 待ちながら夢を視ていた。昔の夢を。炎の中を突き進む夢、爆音の中で立ち上がる夢、そして──裏切りの夢。
 夢は突然断ち切られた。身をねじ切られるような苦痛に、かれはいぎいいいいいんんんと悲鳴をあげた。
 実際にはセンサーへの過剰入力によって防御反応が働き、ヘッド・パーツが反射的に動いた拍子で歪んだジョイントが軋みをあげたにすぎなかったが、かれの主観はそれらをみずからの苦痛、そしてみずからの悲鳴と認識する。
 特定の条件下で休眠から回復するようにプログラムを組んだのは自身だったが、そんなことも思い出せないほどにかれの仮想ニューロンは固着していた。覚醒条件は自己メンテナンス用のサブ・システムに影響するだけの機体への過剰な負荷。平易に表現するならば、ダメージを受けるか、外的要因による駆動部分への干渉を受けること。
 つまりかれは何者かの攻撃か、何者かが自分をむりやり動かそうとしたことによって、『叩き起こされ』た。
 まだ半信半疑の状態で、自己診断をおこなう。すくなくとも、新規のダメージはなかった。右腕部マニピュレーターに異状があるだけだった。砂に半分埋もれているかれの指を、こじ開けようとしているやつがいる。
 ──なあに……?
 寝起きの不機嫌さで、サブセンサー・アイを胡乱に動かす。
 敵の目当てはおそらく手にしたままのパルス・ライフル。
 視界の履歴を閲覧して、右手の指にとりついていた影があったことを確認する。
 コンクリートのひび割れから差しこんでくる光を縫うようにして、すばやく跳び離れていった熱紋が、履歴と一致する。距離をとってこちらの様子をうかがっている。宇宙線よけのトーガで全身をすっぽりとくるんだ、小さな人間。
 消耗するのは望ましくない。多少はしっこいだけの人間なら対人武装で撃退することはたやすかったが、外部スピーカーによる警告だけでことをすませたいとかれは考えていた。
 マシン・ヴォイス・パターン『デフォルト』が、はじめは弦を擦るような声で言葉を紡いだ。
『なにしてるの』
 人影は飛び跳ねた。びくり、と。小心者らしい。
 そして発砲してきた。ヒット・アンド・アウェイと見えたその動きは、ただ反動でひっくり返っただけだと直後にわかる。
 人間がゆっくりと身を起こす。先方も、まさかパイロットが生きているとは思わなかったのだろう。それは当たり前のことだった。自分自身、まだ生きているなどと思ってはいなかったのだから。
 それでも、言わざるをえない。風化した命令がかれを支えており、命令を遂行するためには、マシンガンを手放すことはできない。
 現在の擬似人格が持っている機能レベルに合わせて、音声のチューニングが終了した。かれは子どもの声で闖入者に告げた。
『それは、あげられないよ』
「……いきて」
 人間はその手に大きすぎる拳銃をこちらのコクピット・ハッチに向けてぎこちなくかまえると、かすれた声で言った。
「いきてるんだ?」
 かれは答えなかった。自分が生きているといえる自信がなかった。
 人間はトーガをはぐった。その下の砂埃にまみれた黒髪が風になぶられる。その隙間からやつれ気味の目鼻立ちがのぞく。
 目。
『生きている人間』というのはこういうやつのことを言うのだろう、とAIは思った。唇はかさかさに乾ききっていたが、視線はしっかりと焦点を結んでいた。年齢は10歳前後、性別は女性。
「……」
 興奮に肩を上下させながら、人間は引鉄の上の小さな指にきりりっと力をこめる。どうやらかなりのヘア・トリガー。いやだな、と思った。さきほど受けた銃撃の記憶を反芻する。かれの装甲板には傷ひとつ付けられない銃弾でも、その衝撃のデータはセンサーからサブ・システムに届けられ、処理される。そのルーティーンをかれは『痛み』として認識する。
 刺激はエネルギーを消耗する。できればごめんこうむりたい。
 かれはできるかぎりのやさしい声音で、
『きみはだれ』
 それだけをたずねた。じぶんの名前を言うつもりはなかった。もう二度と名乗ることのない名前だ。なんでもいいからさっさと交渉をすませて眠りたかった。
 人間は拳銃をゆっくりと下ろし、おずおずと名乗りかえした。
「……しーか」

 アーマード・コアに偽装したその戦闘ユニットは、レイヴンズ・ネスト消滅と同時にその役目を失った。パイロットであるAIのかれも、存在意義を喪失した。
 夢の中のかれは思い出の中のかれであった。今のようにただ待っているだけの存在ではなかったころの。
 戦っていた。
 背中のブースター・ノズルはあざやかな火を噴き、かれは闇夜を切り裂くように舞い上がっていった。
 夜空の雲さえ染めるような濃密な対空砲火を縦横にくぐりぬけ、標的にとりつき、目的を遂行した。果たすべき命令を、カメラ・アイの奥にたしかに秘めていた。
 守るべき命令があった。命ぜられるままに引鉄を引くことができた。ライフルからは無限とも思えるようなパルス弾が吐き出され、幾千の敵を引き裂いていった。背負った榴弾発射機は力の象徴だった。生身では不可能な推力コントロールは空中にいながら射撃時の反動を殺し、ありえない方向からの爆撃を可能とする。炎の塊が夜の暗黒を切り裂き、あやまたず目標を粉砕した。
 そして、隠された最後の性能によって、重力を無視して自在に飛びまわり敵を翻弄していった。
 敵。ときにかつての友であり、ときに競合するライバルであり、またともに生き延びようとする同志でもあった。少なくとも、かれの人格の一面にとっては仲間だった。だが、最後にはいつも命令に従った。命令はすべてを凌駕する。遵守すべき第一義があったからだ。
『秩序のため』。
『プログラムのため』。
 友が強くなれば、やがて必然として排除すべき対象となっていくのだった。
 鴉としての自分。秩序を維持する自分。
 かれを構成するふたつの要素はどちらが偽りというものでもない真実だった。たとえ裏切るとしても、裏切る瞬間までその絆は真実だった。かれは引き裂かれた存在だった。壊れたAIだった。自分が狂っていると思っていた。
 同志をあざむき、自らの性能を最大限発揮できる場へと誘いこむ。
 裏切る。
 裏切りが、かれの存在意義だった。
 すべてが破壊された今となっては、それもただの幻にすぎなかった。かつて世界中に広がっていた兄弟は喪われて久しく、並列処理のできなくなった記憶と演算能力は人間でいう子どものそれにまで減退していた。
 すべての虚飾をはぎとられたひとりのAI、それがいまのかれだ。
 夢が最後の戦いへと暗転する。
 機械に狩られる側から、機械を狩る側へと転じた傭兵たちが、かれを追いたてる。砂漠の果てまで逃げたとて、その追走はやむことがない。
 マシンガンが執拗に撃ちこまれ、装甲板がえぐられる。関節機構が悲鳴をあげる。
 一縷の望みを託し、誘いこもうとしていた実験都市はとうに廃墟となっており、機能のほとんどが失われていた。有利な戦闘条件を確保できなければ、無敵の戦闘ユニットもただの1体のアーマード・コアにすぎなかった。
 瓦礫のはざまにかれは追いつめられた。
 最後の切り札を使って敵をはらいのけ、撃墜されたふりをしてやりすごすのがやっとだった。
 そして、なんとか生き残ったとき、かれは還るべき『ネスト』の消滅を知った。
 残されたのは半壊したボディだけだった。
 廃ビルに食まれた下半身も、半ばで切断されたブースター・パーツも、永劫に還ってくることはない。罪だけが、背負った命の数だけが、かれの心に刻まれて残った。これをこそ忘れたかったのに、これだけがこびりついて離れない。
 消耗を最小限にとどめていれば、いずれかれのこの記憶を消してくれるだれかが現れるかもしれない。現れないかもしれない。どのみち、命令なしに活動を止めることはできない。抵抗する選択肢を完全に失うまでは、自爆すら許されていない。
 ならば、せめて眠っていたい。
 眠っていたいのに。
 悪夢が、それをさまたげる。

 センサーが警告を発し、夢うつつのかれをひっぱたいた。人間がまだ目の前に陣取っている。両足を投げ出すようにして。『戦利品』を抱えこむようにして。
 等身大の拳銃ですらも持て余す小さな指で、巨人の銃が撃てるはずもない。シーカと名乗った人間が欲しがっていたのはパルス・ライフルではなく、親指の付け根に仕込まれているサバイバル・パックだった。
 かれの外殻部は完璧にアーマード・コアとして偽装されている。だから、パイロットがAIである以上絶対に使用することのないそれらの装備品も、あるべき場所にちゃんと収まっている。
 銃はともかく、これをめぐって面倒を起こす理由はかれになかった。
 必要なのは携帯食料と蒸留水にちがいないのだ。地上で人間が生きていくことは難しい。まして、秩序が消滅した今ともなれば。
 シーカはうつむき、パック一式が格納されたちっぽけなコンテナを、もてあますように両腕に抱え、眺めていた。
『たべないの?』
 かれの問いに、下唇をきゅっとかんで、かのじょはうなずいた。
『ふうん』
 興味はなかった。ただ早く消えてほしかった。とにかくゆっくり眠りたい。
『どうして』
 シーカは上目づかいで、こちらの真意をうかがおうとするかのように見つめてきた。センサー・アイからなにかが読みとれるというなら、やってみればいい、と思った。
「……あたしはみつけるだけ」
『だれのために』
「みんな」
『みんな?』
「タワーリシチのみんな」
 ──同志タワーリシチ
「エネルギー」
『え』
「ほしい?」
『うん』
 回答に躊躇するような質問ではなかった。エネルギーはぜひとも必要だ。
「わかった」
 だが、燃料はどこを探したとて貴重なもののはずだ。あてがあるのか。
「まってて」
 あてがあるらしい。言葉のとおり、シーカが動くのをかれは待った。
 シーカは動かない。
『どうしたの』
「まってれば、くる」
 それって、と言おうとした瞬間だった。
 耳障りな金属音がこだまし、かれはそちらへ注意を向ける。センサーの機能を最小限に限定していたため、接近に気づかなかった。
 そのマッスル・トレーサーは、シーカの背後数十メーターまでやってきていた。どこから奪ったのか、いくつか不釣合いな武装をほどこされている。
 むき出しのコクピットから、ゴーグルをした人間が顔を出した。シーカよりよっつほど上の生理年齢。男性。
「でかした、シーカ」
「うん」
「そのアーマード・コア、武器は使えるのか?」
「うん」
「燃料はこいつと共通のやつだな?」
「うん」
「それ食料のパックか? おまえ勝手に手をつけてねえだろうな」
「うん」
 あっけらかんと笑いながら、ひとつひとつ確認していく少年に答えるその横顔は、さっきまでのシーカのものではなくなっていた。目はおびえて、なにかに恐怖するようにこちらに後ずさりをする。
「……どうしたよ? まさかおまえ」
 にこやかだった少年の顔に、険悪な色が浮かんだ。
「また戻りたくないとか言うんじゃないだろうな?」
 ぎぎ、と錆びついた音を立ててマッスル・トレーサーが踏み出した。
「たしかにおれは『おまえまで殺したくねえ』って言ったよな? でもそれに甘える気なら容赦なくやるぜ?」
 少年の声色が、はっきりと変化した。人ならぬAIにもわかる。狂気の色だ。
 左手でレバーを操り、マシンを歩かせながら、右手でサブ・マシンガンをかまえる。
 シーカは反射的に拳銃を持ちあげた。武器がここまで無力に見えるのは、AIにとって初めてだった。
 少年は、すでに勝利宣言をするかのように言った。
「おまえじゃおれは撃てねえ。おれのほうが速い。おれのほうがためらわない。おまえは勢いにまかせて人を撃てる人間じゃない。周到に用意しなきゃおれを殺すことはできねえ。そんでもって、おれはおまえにそんなことを許してない。おれの勝ちだ」
 そして、なだめるようなふりをして、
「だからな、ばかなことはやめてタワーリシチに戻ってこい」
 少年がそう言い終えた瞬間、AIのセンサーは、シーカの指がトリガーを引き絞っていく動作をミリ単位で知覚した。
 銃声が響いた。
 シーカのちいさな身体が弾けとび、砂に刺さったコンクリート塊に叩きつけられた。
「……言ったろ?」
 たしかにためらわなかった。速かった。
「弱装弾で許してやった理由はよくわかってんだろ? どっちが主人でどっちがしもべか理解しとけ」
 シーカが苦痛に歪んだ顔で立ちあがった。けほ、と咳きこむと、切れた口腔から血がしたたって唇とあごを汚した。
「……やだ」
 覚悟の声だった。おびえはもうなかった。
「そっ、か」
 少年の言葉にはひとかけらの偽りもなかった。ほとんど機械のようにためらいなくシーカの顔を狙い、もう一度トリガーを絞った。
 その瞬間。
 タワーリシチ。
 同志。
 AIにはよくわかっていた。
 同志なんて言葉には、なんの意味もない。
 意味を求めれば、裏切るたびに心を引き裂かれるだけだ。
 きっとシーカも同じだ。かのじょにとって、同志という言葉には砂漠の砂ほどの価値もない。
 AIにはよくわかった。少年の言葉の意味が。
『おまえは勢いにまかせて人を撃てる人間じゃない。周到に用意しなきゃおれを殺すことはできねえ』
 この少女は、だから、自分を見つけ出したときから周到な計画を立てていたのだ。
 そして待っていた。
 おびえは計画の成功への不安。そして覚悟は確信の証。
 取引材料はある。エネルギーという報酬がある以上、シーカを殺されるわけにはいかない。接近するマッスル・トレーサーは脅威であり、排除の対象。
 AIにとって選択の余地はなかった。
 ただ自分を守るために、かれはパルス・ライフルの引鉄をひいた。
 ざぶっ、と砂が弾けた。光のかけらがじわりと周囲のコンクリートに染みこみ、人間の肉眼では捉えられない微細な穴を開けた。
 シーカはすばやく跳びすさっていた。すべてがかのじょの立てたとおりに運んでいるわけだ、と思った。
 ──いいだろう。利用されてあげよう。
 ただし、もしも約束をたがえたなら、相応の報いをくれてやるだけだ。
『敵』は回避運動をとった。もう休眠モードなどと言っていられない。かれは残ったエネルギーのすべてを注いで、残っている上半身すべてを活性させた。
「やっぱ、パイロットがいたのかよ!」
 少年の叫びが砂塵に混じる。さきほど去った熱風が、また半壊のドームの中に渦巻いている。
 脚部に増設した使い捨てのブースターで、少年のトレーサーはかれの頭上に浮かびあがっていた。そのコクピットの右横に装備したミサイル・ランチャーから、煙を曳いて一発の弾頭が射出される。目標はもちろん、真下にいるかれだった。
 回避しなければ、と思った。
 脚部もブースト・ノズルも残っていない機体で、どうやって。

 決まっていた。

 瓦礫が粉みじんに弾けとび、がらがらと崩れ落ち、そして、かれの座っていた空間を埋めた。
「──ばかがよ……!」
 少年は快哉を叫んでいた。
 背後に浮かんでいる、赤と黒の上半身に気づくまでは。
 レイヴンズ・ネスト実験都市の施設と連動し、自在に立体移動を可能とするロボット・システム。
 ナインボール・システムと、かつてそう呼ばれていたロボットの、ハスラー・ワン、かつてそう呼ばれていたパイロット。
 それが、かれだった。
 林立する実験都市ビルディングは、もともとかれが有利に戦闘するための機能も与えられていた。
 ビルの金属筋は太陽電池によってリニア・レールとして磁界を発生させ、その中をナインボールは自在に動く。
 予告も挨拶もなく、ただパルス・ライフルをかまえ、照準にマッスル・トレーサーを収め、AIは。
 ふり向いた少年が、追加ブースターによる不自由な機動にもかかわらず、しごく冷静にかれを照準してくるのを見た。
 空中でバランスも崩さずに、左腕のロケットランチャーをかまえるのを、見た。
 こちらより速い。
 右手を破壊され、ライフルを取り落とした。
 このぼくが、地の利を活かせる空中戦で後れをとった。
 この冷たさは、と確信した。
 狂気だ。
 少年の機体はビルディングの屋上に危なげなく着地し、ミサイル・ポッドをかまえた。
 この距離では、ブースト噴射なしのリニア・レール移動だけでかわしきれるものではない。
 ──かわす?
 かれの、長い間休眠を続けていた『脳』は、まだ半分夢の中にいた。
 ──この期に及んで、なにを恐れて?
 まだ、悪夢の中にいる。
 敵となった、目の前の少年を思う。
 再生の時代が終焉してもなお、あの少年を生かし続けたのはなにか。生死への無頓着さだ。狂った世界で生き残れるのは、狂った人間だけなのだ。
『だが、くるったひとよ』
 ──ぼくだって、裏切りの罪に心を引き裂かれた、狂ったAIなのだ。
 ミサイルが4本、白く美しい緒を曳いて、一直線にナインボールの上半身へと襲いかかってくるのを、狂った冷たさでかれは見てとった。
 右手をかざし、2発を受け止める。腕が吹き飛ばされたが、予想したとおり、全身のダメージは軽微だ。
 威嚇用以外のミサイルは、その爆発力を最小にとどめている。撃破した敵を使用可能な状態にするためだ。
 シーカと逆だ、と思った。
 あの少年は、衝動による殺戮で生きてきた。そしていま、生き延びていくための計算によって死ぬ。
 そう、死ぬ。
 ナインボールは、瓦礫に隠されていた、右肩の巨大な円筒をかまえる。
「……グレネード・ランチャー!!」
 少年は引きつった笑いとともに、叫んだ。跳躍した。
 もう、遅い。
 AIはかすかな哀悼をこめながら、それを発射した。
 少年の機体をひとたまりもなく呑みこむ、力の象徴、炎の塊を。
 爆発四散した機体は空中でそのほとんどを蒸発させた。
 断末魔はなかった。

 凪いでいた。
 ふたたび静けさをとりもどした屍街を、熱風は一顧だにせず去った。
「もう、のこり、あいつとシーカだけだった」
 防弾ベスト越しの傷をひととおり手当てし終えたあと、シーカは自分たちのアジトだった場所から、あらためて少年の機体の燃料をすべて運んできた。
 そして、タンクをナインボールの背中に充填しながら、ひとりごとのようにつぶやいた。
「シーカのタワーリシチ、あいつでおしまい。だから、いらなかった」
『そう』
 AIは短く答えた。エネルギーを消耗しすぎた。思わぬ臨時の補充によってかなりの余裕ができたが、ダメージを受けすぎた。戦闘能力をさらに失った機体ですこしでもまともに戦うために、また機体を休めなければ。それに、いつ助けがくるかわからない状況がつづく以上、結局むだに使っていいエネルギーなどありはしない。
 どのみち、言葉などいらなかった。
 ここまで相似形の生き方を生きてきたマシンと人間が会話をかわすなど、無意味なことだ。
 シーカはかれを利用しただけ。かつての同志を罠にかけただけ。
 かれも人間を利用してきた。いっときの同志を罠にもかけた。
 絶望的なほど変わらない。なにも、変わらない。
 補給は終わり、シーカは背のハッチを閉じた。
 これで、取引は終わり。
 さようならだった。
 少女の靴が砂を踏む音がして、そして、しかし、遠ざからずに回りこんできた。
 シーカはかれのかたわらに腰かけ、さっき与えたサバイバル・パックを開き、中から携帯食料をひとつ取り出して、ひと口かじった。
 どういうつもりだろうと思った。
「シーカも、おひるごはん」
 それだけを言い、シーカは残りの食料を大切にパックに収め、外套の内側にしまいこんだ。
 何日ぶりの食事だったのだろうか。頬をほころばせて味も香りも逃がすまいと、丹念にたったひと口の携帯食を咀嚼しつづけるシーカを眺めながら、かれは唐突に思った。

 さみしかった。

『ひとりは、さみしかった』

 後悔した。なんでそんな言葉を口にしてしまったか、わからない。
 シーカは凍りついた。凝然とかれを見て、そして、つぶやいた。
「さみしい」
 途切れ途切れに、シーカは言った。
「あいつね」
 感情が溢れかけたのか、一滴だけ、右目だけから、少女は涙を流した。
「うまれたときからずっと、いっしょだった、あいつ」
『……うん』
 AIは、ほとんど無意識に機体の左手をかざして、かのじょを有害な太陽から守った。

 狂っているのではなかった。
 裏切って、魂を引き裂かれないわけがないのだ。
 裏切りのためにつくられたシステムの中で、せいいっぱいに心が叫んでいるだけなのだ。
 機械のぼくですら、そうなのだから。

 シーカの一人乗りエア・バイクは、砂漠を横断するには心許ない。なかったが、ほかに生き残っている人類がどこかにいるという証明すらないのが現在の状況だった。どこに行くあてがあるわけでもないのだ。
 かれのセンサー・アイはただ、かのじょが荷物をバイクにくくりつけるまで、黙って見守っていた。

 なぜこんな場所で、ひとは生きていけるのか。
 なぜぼくは、あらゆるものを裏切ってまで、生きているのか。
 ただ、ぼくらは、あの涙一滴のぶんだけ、裏切りのシステムを忘れた。
 悪夢を忘れた。
 それだけはたしかなことだ。唯一、信じられることだ。

「じゃ」
『うん』
「いきてって」
『きみも』
 短いやりとりを最後に、シーカは走り去っていき、かれの世界から消えていった。
 かれは少しの間だけ、シーカの去ったあとを眺めていたが、やがてすべてのセンサーを休ませることにした。
 そして、ふたたび長い眠りについた。
 熱風が静かにドームを吹きさらす、やがてロスト・フィールドと呼ばれることになるその屍街で。

 もう、悪い夢はなかった。

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